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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)419号 決定

抗告人 株式会社東京都民銀行

相手方 黒須輝

主文

原決定を取り消す。

本件を原裁判所へ差し戻す。

理由

本件抗告の理由は別紙「即時抗告の申立」書に記載してあるとおりである。

よつて按ずるに、本件記録によれば

抗告人(債権者)は、昭和二十八年九月九日訴外三信興業株式会社(以下単に三信興業という。)との間に、債権元本極度額を金四百二十万円とし、債務不履行のときは期限の利益を失い、期限後は金百円につき一日金四銭の遅延利息を支払う旨の根抵当権設定金銭消費貸借契約をなし、同日抗告人のため三信興業所有の本件建物につき右根抵当権の設定登記がなされたこと、その後抗告人は三信興業に対し、右契約に基き昭和二十九年一月二十八日までに合計金四百二十万円を貸与したが、同年四月右当事者間において債権額を金四百二十万円と確定し、その弁済期を昭和三十年九月三十日まで延長したこと、本件根抵当権設定後たる昭和二十八年十一月二十五日第三債務者(抗告人)は三信興業から本件建物のうち一、二階合計六十九坪八勺の部分を賃料一箇月金八万四千円毎月末日払、期間満五年の約定で賃借したところ、相手方(債務者)は昭和三十年二月二十日三信興業から本件建物の所有権を取得して同月二十六日その旨の登記をなし、第三債務者に対する賃貸人の地位を承継したこと、以上の事実に基き、抗告人は既に弁済期にある本件根抵当権の被担保債権残元金三百六十六万四千円及びこれに対する昭和二十九年十二月十六日から昭和三十一年四月三十日まで日歩四銭の割合による約定遅延損害金の弁済を受けるため、民法第三百七十二条、第三百四条の規定に基き、相手方(債務者)が第三債務者に対して有する昭和三十年二月分以降の約定賃料債権の差押並びに前記債権額に満つるまで右賃料の取立命令を求めるため本件申請に及んだものであること、これに対し原裁判所は本件の如き場合においては前記物上代位に関する規定の適用がなく、又法定果実たる賃料債権については抵当権の効力は及ばないとして右申請を却下したことが明らかである。

然しながら、民法第三百七十二条により抵当権にも準用される同法第三百四条は、目的物の売却、賃貸、滅失又は毀損によつて債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても抵当権を行うことができる旨を定めている。従つて抵当権の目的たる不動産が賃貸された場合においては、物上代位に関する右規定により、賃借人の支払うべき賃料債権に対し抵当権の効力が及ぶべく、抵当権者はその被担保債権の弁済を受けるため右賃料債権の上に抵当権を行い、民事訴訟法の規定に基いてその差押並びに取立命令を求め得るものと解するを相当とする。元来抵当権は目的物の担保価値に着目し、その交換価値を優先的に支配して被担保債権の弁済にあてることができる権利であり、その収益権はこれを抵当権設定者の許に留めておくのを本質とするから、目的物を賃貸する権利はあくまで抵当権設定者がこれを有するのであるが、目的物を賃貸するときは、その交換価値の減少を来すことは取引の実情に徴して疑を容れないところであつて、賃貸による対価(賃料はこれに該当する。)の収受はとりもなおさず目的物の交換価値の漸次的実現を意味するから、この賃料債権につき物上代位に関する前記規定が準用せられるのは当然の事理といわなければならない。故に抵当権について物上代位の規定の準用は、原決定の説示するように、賃貸によりその目的物の交換価値が絶対的に減少し、その減少が回復し得ないような場合のみに限られるとなすべきではない。もとより抵当権者は民法第三百九十五条に基き目的物に対する賃貸借の解除を裁判所に請求することができるけれども、右解除の請求をすると否とはあくまで抵当権者の自由でなければならない筈である。

又民法第三百七十一条は天然果実に関する規定であつて、法定果実に関する規定ではない。(大正二年(オ)第二三七号、同年六月二十一日大審院判決参照)原決定の引用する大正六年一月二十七日大審院判決も亦この点に関しては同趣旨の説示をしている。この意味においては法定果実については同条の適用がない。だからといつて、法定果実たる賃料に対して抵当権の効力が及ばないとの論拠にはならない。法定果実については同条によらず、前記物上代位の規定によつて抵当権の効力を及ぼすことができると解すべきである。蓋し賃料については抵当権者がこれを優先弁済に充当しようとするためには、同条が定めているような目的物の差押又は抵当権実行の通知の前後を問わず民法第三百四条の規定に従い差押を要件とするを妥当とするからである。

以上説示のとおりであるから、抗告人は本件根抵当権に基きその被担保債権の弁済を受けるため、債務者が第三債務者より収受し得べき本件賃料債権の差押並びにその取立命令を求め得べきものといわなければならない。「抵当権設定者たる債務者と第三者間との間における競売不動産を目的とせる賃貸借契約に因りて生じたる賃料債権の如き法定果実は抵当権の及ぶ範囲にあらざること民法第三百七十条及び第三百七十一条の解釈上疑を容れず。民法第三百七十二条の準用に係る同第三百四条の規定は抵当権の目的物につき抵当権実行を為し得ざる場合に於て抵当権者をして其目的物に代る債権の上の抵当権を行使せしむる規定にして本件に於けるが如く抵当権者が現に抵当権の目的物に付き抵当権を実行する場合に於て其適用あるものに非ず。」と説示する前記大正六年一月二十七日大審院判決は抵当権の実行による競売に関するものであつて、本件には適切ではない。

されば本件申請につき証拠上その理由があるか否かを審査するところなく、前記理由により直ちにこれを却下した原決定は失当であるから、これを取り消すべきものとする。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 渡辺葆 牧野威夫 野本泰)

即時抗告の申立

本件抗告の趣旨及び理由

抗告人は、左の理由により、原決定は全部不服なので、「原決定を取消す」旨及び本件申請書記載の趣旨の差押及び取立を命ずる裁判を求めるため本抗告に及ぶ次第である。

即ちその理由は、

(一) 抵当権は、目的物の交換価値の取得により、これを以て優先弁済を受け得る権利であつて、かく解するときは、目的物の賃料は、その目的物の交換価値を一部具体化したものというべきであるから、抵当権がその上に効力を及ぼすことは、極めて自然のことであり、民法第三百七十二条が同法第三百四条のいわゆる物上代位の規定を準用していることは当然といわなければならない。しかして原決定も、抵当権に、民法第三百四条の賃料債権に対する物上代位が許容される場合があることを認めているのであり、原決定の引用する大審院判決の上告論旨に引用の独乙民法第千百二十三条の第一項にも「土地が使用貸借又は用益賃借権の目的となりたるときは抵当権は使用賃又は用益賃の債権に及ぶ」旨規定しているのであつて、抵当権の性質上先取特権の賃料債権に対する物上代位の規定が抵当権に準用がないと認めることはできない。

(二) しかして、抵当権は、目的物自体を支配することを目的とする権利ではないから、原決定のいうように、「目的物の交換価値が絶対的に減少し、しかもその目的物の交換価値が回復し得ないような場合」でなければ、賃料債権に対する抵当権の物上代位を認めないとすることは、不当であつて、原決定は抵当権の本質を誤解したものと解されるも、殊に原決定は、抵当権設定後の対抗要件を具えた短期賃貸借について、抵当権者に損害を及ぼすときは抵当権者がその解除を訴求し得ることを理由として、「抵当権の目的物の交換価値の減少が回復し」得るから、賃料は目的物の減少価値に代るものとはいえないとして、物上代位の規定の準用を排斥しているが、この解除権の行使は、競売による抵当権実行の場合に必要なのであり、しかもこれを行使するか否かは全く抵当権者の自由であつて、その行使前においては、抵当権設定後の短期賃貸借も、抵当権設定前より存し且つ対抗要件を具えた賃借権と同様である。解除権を行使すれば交換価値の減少が回復し得るからということを理由として物上代位権を否定することは理由がない。

(三) 目的物が任意売却により売却される場合の売却代金は、売却された範囲における目的物自体、従つて目的物の交換価値全部の代表であり、この売却代金債権に対して物上代位権を行使する場合及び目的物につき競売を実行する場合に、更にその目的物の賃料債権に対し物上代位権を行使する場合は、二重に抵当権を行使することとなり許容さるべきではない。原決定の引用する大正六年の大審院判決は、結局この趣旨を述べているものであつて、本件事実のような場合に物上代位権の行使を否定している趣旨ではないと解される。これに対し、昭和十六年(オ)第一三四〇号、昭和十七年三月二十三日大審院第一民事部判決は、抵当権者が目的物の賃料債権の上に物上代位権を一般に行使し得ることを前提としているものと解されるのである。しかして、抵当権者が、物上代位により賃料を以て弁済を受けたときは、その残債権についてのみ競売により権利を行い得ることはいうまでもないところである。

(四) 原決定は、「民法第三百七十条及び同第三百七十一条の規定に徴するも抵当権は賃料の如き法定果実には及ばない」としているが、右第三百七十条は、抵当権の目的物に附加して一体をなした物につき、又右第三百七十一条は、天然果実につき、いずれも抵当権の効力の及ぶ範囲に関し規定したものであつて、目的物の賃料のような法定果実について規定したものではない。法定果実たる賃料については、民法第三百七十二条の規定が適用さるべきである。殊に原決定が右第三百七十条及び第三百七十一条を引用して、「抵当権は賃料の如き法定果実に及ばない」としているが、抵当権の賃料債権に対する物上代位を全面的に否定している趣旨であるならば、前記(一)において述べたように、原決定が抵当権に、賃料債権に対する物上代位を行い得る場合があることを認めているのと矛盾するものといわなければならない。

(五) 要するに、原決定が、「賃貸により目的物の交換価値が絶対的に減少し、しかもその目的物の交換価値の減少が回復し得ないような場合」にのみ抵当権は、賃料債権に対し物上代位を行い得るとし、本件申請のような場合に物上代位を認めないのは法律の解釈を誤つたものであつて、原決定は取り消さるべきものであり、本件申請は、認容さるべきものと解するので、本抗告に及ぶ次第である。

(なお、本件のような場合に、物上代位を認めるのは、抵当権者にとつて好都合なことはもとよりであるが、目的物所有者もまたその目的物の負担が軽減されるのであつて、経済的には何等の損失を蒙らない。抵当権者に一般に目的物の賃料に対する物上代位を認めることは、学説として近時の通説である。)

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